Top
「死をポケットに入れて」
 今こうしていること。こうしていられること。
ときには自分が不当に扱われているような気分になることもあるけれど、そしてときには不本意にも人を不当にあつかってしまったような気持ちになることもあるけれど、こうして自分が好きなことを妥協しないでやれていることを本当にありがたく、とてもしあわせなことだと思う。
 先日ツアー途中故郷に帰ったおりに、入院している90才になる伯母(母の姉)を見舞った。「いくつになった?」と聞かれ「45才ですよ」と答えると「いちばんいい年頃だね」と言ってもらえた。そういえばここ2、3年、年配の方から「いい年頃だよね」とか「働き盛りだね」とか言っていただく。自分ではまさしくそんな感じなので「そうなんですよね」とうれしくお答えするのだけど、俺が20才そこそこの頃は今の俺のこの年になってそんな風に思えるとは想像できなかったので、それだけでも素敵なことだ。生きててよかった(笑)。やがて必ず死んでゆく身体だからあちこちおりあいをつけながらつき合ってゆかねばなるまい。そんな風に思えることも素敵なことだと思う。もちろん死ぬことや病気になることはとても怖いけれど、もっと若いときはその「死」すらあまりに遠くて「やがて死にゆく身体」なんて自分の肉体を思えなかった。もちろん今だってそれほど覚悟できてやしないけどね。
 近年亡くなってしまった酔っぱらいのパンク爺い作家チャールズ・ブコウスキーの晩年のエッセイ「死をポケットに入れて」座右の銘にしたいタイトルだね。
[PR]
# by teradamachi | 2006-03-26 03:46 | Comments(4)
 大人には大したことではないことが子供にはけっこう大変だってことはたくさんあるわけで、わりと大きなお寺で育った幼い俺にはまずは外の世界までとても遠い、というか自分の世界と外の世界の間に目に見えない膜のよなものがある感じだった。表通りに出るまでに広い境内と保育園があって、目では見えるそのクルマが行き交う道路が幼い俺の目にはとても遠く感じた。通りへ出ても曲がり角の向こうは想像もできない怖い世界のように感じていたような気がする。大人になって現在のように見ず知らずの街へ出かけて行って、知らない人たちの前で歌を歌う、なんてことをしている俺がいるのはまったくもって不思議なことだ。
 ともあれそんな幼年時代だったので小学校へ上がることは当然不安であったわけだね。なにか知らない枠組みの中に組み込まれるようないやーな感じがあったのを今でも感覚として思い出せる。小学校に上がってもまた春には慣れたクラスからまた組変えさせられていやだなあ、とそんな臆病な俺にはその不安な季節の象徴である桜の花を楽しむような余裕はなかったんだろうね。むしろよくないイメージだったのかも。
 そんな俺だったんだけど、小学校の5年生のある時期から突如ものすごく歌が、音楽が好きになって(幼い頃から11才上の兄貴の影響で歌は好きではあったが)その具体的なきっかけがなんであったのかはわからないけど、明けても暮れても歌と音楽のことばかり考えてる少年になってしまったわけなんだな。今思えば、それを機に俺は外の世界へも興味を示すようになっていったような気がする。そうすると新しいことが始まる季節、わくわくする季節として春は俺の中で変化したわけで、当然桜の花に対してのイメージは変わっていったのは想像にかたくない。好きとは言わずともきらいではない、と言った感じかな。
 で、そんな桜の花を初めて心からきれいだなって思ったときのことはよく憶えてる。20才の夏に名古屋で一人暮らしを始め、その年も明けた2月頃に俺は歌を歌う人生を生きていこうと決めたんだけど、そんな無謀な(笑)決心をしたというのに俺の気持ちは不安よりもわくわく感のが大きくて、ちょうどやって来た春にまるでお祝いしてもらっているような気分だった。その頃名古屋の池下に「蒼いノート2」という喫茶店兼スナックといった感じのお店があって、俺たちのライブにも場を提供してくれていた。で、そんな季節、その「蒼いノート2」から夜中、当時住んでいた内山町のアパートまで歩いて帰る途中通った「水道道」という通りの桜並木がちょうど満開、街灯に照らされて輝いていた。思わず俺は足を止め、「桜ってこんなにきれいな花だったんだなあ」と感動してしまったわけです。今から25年前のお話。やはり俺は今年の春にもわくわくしています。来週には満開と予想されてる東京の桜。今年はどこへ見に行こうかな。
[PR]
# by teradamachi | 2006-03-23 23:03 | Comments(8)



旅する歌唄い“寺田町”。 旅をつづけなくちゃ...